患者向け医療機器
最近発売されたApple Watch Series 4は、従来の消費者向け製品企業がデバイスを開発し、患者向け医療機器市場に大々的に参入した最新事例です。患者向けデバイスは、スクリーニング(体温計など)、診断(血糖測定器など)、治療(ドライパウダー吸入器など)、リハビリ(経皮電気的神経刺激(TENS:transcutaneous electrical nerve stimulation)装置など)などに使われるものです。世界的な大企業であるAppleには魅力的な医療機器を作るだけの人材、技術、確立されたブランドアイデンティ、市場での存在感があります。このようなイノベーションを目にした患者は、自身の医療機器を含めあらゆる製品の可能性に胸を膨らませます。
Connected drug delivery devices: the reality of design and development
こうした空気が漂う中、同じような魅力を提供しなければならない従来の医療機器メーカーには課題があります。「課題がある」というのが重要です。規制された機器の安全性と有効性要件の両方をバランスよく満たそうとする医療機器業界にとって、ユーザビリティ工学や人間工学は比較的新しい分野です(2007年に作成されたIEC62366や2009年に作成されたHE75からも明らかです)。私たちは消費者向け、医療、そしてクロスオーバーの製品を扱う中で、ユーザーに有意義な体験を提供するデバイスは、より広く受け入れられ商業的および臨床的成功を収めることができるということを知りました。
ユーザー体験と製品機能は一緒くたにされがちです。消費者が画像品質やタッチスクリーンの応答性にこだわり、デバイスに一定レベルの接続機能を望んでいる場合は特にそうです。そのような機能は、素晴らしい技術ですが、それが本当に輝くのはユーザー体験を高めることができた時です。上手く設計され技術的に優れた製品の機能は、それ単体で注目を集めることはなく、デバイスが提供するバリュープロポジション全体と調和してその役割を果たします。
類まれなユーザー体験は、優れた製品開発により生まれます。その体験を実現するための重要な検討事項を下記にまとめました。
総合製品開発
製品を成功させるための第一歩は、開発チームを多分野のメンバーで構成し、そのメンバーが緊密に連携することです。開発中は、ユーザーと技術は同等の優先順位を持ちます。今までの医療機器は、基本的なユーザビリティ事項以外検討しませんでした。昔から医療機器は、死亡率や疾病率を低下させ、生活の質を向上させるために必要でした。競合は少なく、エンドユーザーが自分で選ぶ、または直接購入するものではありませんでした。それに比べ消費者製品は、一般的に自由に購入することができ、市場参入の障害が著しく低く、消費者に直接販売されます。
分野を越えて緊密に連携し、技術の進歩がユーザー体験を損なわないようにする必要があります。チームのメンバーが仕様書に向かって仕事をするか、共通のビジョンに向かって仕事をするかの違いです。例えば、患者への応答を10秒以内にするという要件があるところ技術的に12秒になってしまうとしても、連携チームはこの明らかな失敗を成功に転換することができます。作業フローの再検討、機能の統合、タスクの並行実行を行うことで、時間超過の代わりにユーザーにより良い知覚価値を提供し、応答時間を気にならなくさせます(この2秒が安全上問題でない限り)。
共通のビジョンを持つことは重要で、ユーザー体験に取り組むメンバーがいることはこの共通ビジョンを達成するためには不可欠です。最近の自己注射器開発で、注射器のサイズに合わないさまざまな工学的機能が提案されたことがありました。しかしユーザー調査から、ユーザーが小型の機器を好み、一ミリでも大きくすれば魅力度や受容性が落ちることが分かっていました。機器全体のサイズに対するビジョンを持ち、それを強く主張する人がいることで、有意義なユーザー体験に不可欠なものが守られます。
緊密な連携がなくては、製品開発中に頻繁に、素早く「小さな繰り返し作業」を行うことはできません。開発チームの主要メンバー同士が話しをすることで、問題を克服するためのアイディアを早く出すことができます。適切な参加者と共通のビジョンがあれば、どのアイディアを採用するか絞り込みやすくなります。リアルタイムで密な設計ループが無難なデバイスと魅力的なデバイスの違いを作るのです。緊密に連携する必要があるのは人だけではありません。開発チームが使うツールも最小限の経費と連携しなくてはなりません。
全てのサイズを小さく
物理的な大きさは、患者向け医療機器の魅力度を左右する要素の一つです。2000年代初期の携帯電話ほどの大きさの連続血糖測定器では使おうという気にはなりません。患者は小型の魅力的な消費者向けデバイスを日々目にしているからです。医療機器は、他の消費者向け製品に比べ「かさばる」とよく言われます。前述したように、明確な設計ビジョンを持って開発中の意思決定全てを行えば、こうした事態は避けられます。設計工程全体にわたり(特に部品仕様や組立方法を決める工程)小型化を図ることでこの設計ビジョンに近づくことができます。
小型のデバイスは、魅力的なだけでなく省エネ、省材などの二次的効果があり、結果として軽量化につながります。部品の観点から言うと、必要な形に合わせて曲げたり折ったりできる薄型で柔軟なPCBは、デバイスのサイズが変わっても使い続けることができます。もっとも小型な電子部品を使うことも有益です。より極端なやり方では、ベアチップ部品とASIC(application specific integrated circuit:特定用途向け集積回路)をさらに小型化します。PCB上のユーザーインターフェース部品も小型化が可能ですが、インターフェースのサイズ自体に制約があります。そしてレーザー直接焼結は、全体の寸法を変えることなく、回路トレースを他の樹脂部品の表面に直接作ることができるため、クリエーティブなアンテナやPCBのソリューションが可能となります。このような小型化手法は、通常開発コストがかかり単価も上がります。これをうまく両立させるのが総合開発チームの腕の見せ所です。
組立ての観点から言うと、もっとも簡単に目標サイズを達成するには、設計上の締結部分を可能なだけ減らすことです。締結があると板厚(両サイド)+締結寸法が必要になります。超音波やレーザー溶接と適切な接着剤を使うことで大幅にスペースを削減することができるので、これらの工程開発時間をプロジェクト計画に組み込む必要があります。
適切な部品と材料
デバイスの工業デザインは、患者が製品に魅力を感じるかどうかを大きく左右します。工業デザイナーは、ユーザーの期待値を満たし、時代を超えたデザインvs流行のデザインを試す必要があります。この記事を書いている時点では、スマートフォンはモノリシックになってきており、前面はほとんどタッチスクリーンになっています。高性能樹脂は、見た目が滑らかなだけでなく、デバイスを保護する役割もあり、一般的には高圧機で薄い壁のある形を射出成型します。タッチスクリーンの画面は通常デッドフロントになっており、点灯されるまで見えないアイコンをインジケーターLEDが点灯させます。医療機器の生産台数が大手のスマートフォン生産台数に追いつくことは稀で、魅力的な効果を作るのに必要な高額な経常外費用を償却できる消費者向け製品と比べると不利です。それでもリスクはありますが医療機器は、消費者向けの製品やプロセスを利用することができます。タッチスクリーン画面やバッテリーなどの在庫部品を、製品ごとに専用開発することは経済的ではありません。妥協案としてトレーサビリティや規制のために専用の品番を付与するという方法があります。一般的に入手可能な携帯電話ディスプレイやバッテリーを活用すれば、最小限の初期費用で規模の利益を得ることができます。しかし顧客が小規模な場合、そのような部品を医療機器のために調達することは、大手消費者向け製品メーカーが作り出すの市場の気まぐれに晒されることとなり、比較的小規模な注文ではサプライチェーンを確保するのが困難です。さらに、消費者向け製品は医療機器に比べ耐用年数が格段に短いため、サプライチェーンの問題に左右されにくくなります。
あるドラッグデリバリーデバイス開発プログラムで、特定の寸法に合わせて選定されたバッテリーが、当座の代替品なく開発中に生産中止となりました。チームは、別のバッテリーを搭載するためにサイズ/電力を妥協しなければなりませんでした。大型医療機器メーカーや製薬会社は、このような障害を乗り越えるためにその知名度を使って影響力を発揮することができます。このようなメリットを持たない小企業は、売れ残り品の買い戻しコストを使うか委託製造業者に助けを求める必要があるかもしれませんが、どちらも確実ではありません。プログラムのリスク評価を基に、そのような不測の事態に備えた計画を立てることが開発中の部品柔軟性を維持する最良な方法かもしれません。
魅力的なユーザー体験のほとんどはスマートなデザイン、よく考えられた材料選定、賢い製造プロセスによって達成されます。特殊プラスチック、薄い板厚やマルチショット射出成型、物理蒸着などの仕上げ技術は全て製品の知覚価値を上げますが、型を開発し、魅力的な見た目と感触を達成するプロセスを開発するための時間という代償を払う必要があります。患者の期待が高まり、医療業界や還付モデルが進化すると、競争により医療機器メーカーはこのような余分な投資に価値があると見るようになるかもしれません。
結論
魅力的な製品を開発するためには、緊密に連携しながら矛盾をうまく両立させる技術担当者とユーザー担当者の両者が設計チームに必要です。この開発手法により、有意義なユーザー体験が得られ、デバイスが広く受け入れら、臨床的および商業的成功が得られるという結果を私たちは見てきました。