遠隔による臨床試験(リモートテスティング)が、医薬品開発業界で話題になっています。新型コロナウイルスによるパンデミックが人類に提起した課題を考慮すれば、特段驚くことではありません。リモートテスティングは医薬品開発業界内で既に広く検討されているコンセプトですが、事前の計画、諸手続き、データセキュリティ、機密性、安全性など、数多くのハードルが存在します。リモートテスティングは現実的に実行可能な選択肢であるものの、承認審査において問題はないのでしょうか? 

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人間工学(Human Factors Engineering  / HFE)は、医療製品開発の成功に欠かせない要素です。設計プロセスの全体を通して、ニーズや要求、また製品を正しく使用できるかどうかなど、実際のユーザーから知見を得ることは非常に重要です。これらの知見を引き出すための重要な方法の1つに、ユーザビリティスタディやユーザテストとも呼ばれる「HFスタディ」があります。通常、人間工学の専門家がモデレーターとなり、対象となるユーザーに試験を行います。しかし、予備試験や検証試験のような対面式のユーザビリティスタディを遠隔実施することは非常に困難です。 

現在、最大の課題は医療機器メーカーとヒューマンファクターの専門家が、実際のユーザーからヒューマンファクターについてのデータを収集する新しく革新的な手法を迫られていることです。その中で、リモートテスティングが注目を集めたのです。リモートテスティングは2020年5月に、冊子「ヒューマンファクター」と人間工学協会(HFES)が主催したバーチャル国際シンポジウム『ヒューマンファクターと人間工学のヘルスケア』にて、米国食品医薬品局(FDA)など多くの発表者によって議論されました。本イベントには、数百人の人間工学専門家や医療製品メーカーをはじめ、米国食品医薬品局やカナダ保健省などの承認機関も参加しました。 

多くの課題 

リモートテスティングは、治験参加者やモデレーター、オブザーバーがそれぞれ自宅などからウェブ会議に参加し、ヒューマンファクター試験を行う方法です。リモートテスティングはヒューマンファクターや市場調査の分野においては目新しいものではなく、モバイル医療アプリケーション(MMA)やWebアプリケーションを検証するためのツールとして長年使用されてきました。しかし、物理的な医療製品、特に承認申請のための利用は限定的でした。パンデミック下における治験参加者と試験担当者との物理的な離隔がリモートテスティングを活用せざるを得ない状況としている一方で、遠隔での治験は多くの課題と疑問をはらんでいます。  

対象製品の治験に参加するユーザーは、ウェブ会議プラットフォームの使用に対し十分な知識があり使い慣れているでしょうか?治験に参加するユーザーはどのように見つけ、リクルートするのでしょうか?治験参加者全員に複数のカメラや製品のプロトタイプを送ることは可能なのでしょうか?治験参加者全員が自宅に安定したインターネット/wi-fi環境があるのでしょうか?モデレーターはウェブ会議で製品の使用手順の流れを損なうことなく、また過度に教えすぎずディスカッションガイドを実施することができるでしょうか?治験参加者はモデレーターの“教えすぎない”指示に従い、使用手順をうまくシミュレーションすることができるでしょうか?オブザーバーは使用手順の全てのニュアンス、更には微妙な誤用や使いにくい点を漏らすことなく捉えることができるのでしょうか? 

進行と手順の課題に加えて、データのセキュリティ、機密性、参加者の安全性に関連するリスクも存在します。例えば、治験者が安全上のリスクが生じるような誤用をした場合も考えられますし、医療製品におけるリモートテスティングの検討はとても慎重に行う必要があります。承認機関は果たしてリモートテスティングを承認するでしょうか?この疑問はシンポジウムでFDAの代表者に直接投げかけられましたが、答えは思ったほど単純ではありません。 

現時点での米国食品医薬品局の見解 

このシンポジウムには、米国食品医薬品局 (FDA)の医療機器・放射線保健センター(CDRH)と医薬品評価研究センター(CDER)から代表者が参加しました。緊急使用許可(EUA)の対象とならない製品について、HFEプロセス、FDAの承認審査プロセスと要件は、パンデミックの影響で変更されてはいません。FDA は、「新型コロナウイルス感染症がもたらした公衆衛生の緊急事態は、ウイルス感染状況を制御するための公衆衛生対策が、医療製品のヒューマンファクター(HF)テストを対面で実施することの実現性と妥当性にマイナスの影響を与える可能性があることを認識している」と述べています。 

しかし、FDAはリモートテスティングによって収集されたHFデータが妥当で受け入れてよいのか、特に最終検証については懐疑的な見方を示しています。「現時点で、ヒューマンファクターのリモートテスティングの有効性を示すデータや、結果が許容できると証明する方法について、コンセンサスを得た科学的なガイドラインや基準が確立できていないため」と理由を述べており、実際、FDAの担当者も「現時点でヒューマンファクターのリモートテスティングが適切なアプローチになり得るかどうかについての一般的な見解を示すことはできない」と何度も言及しています。 

CDRHのヒューマンファクターレビュアーによるプレゼンテーションで、懐疑的な意見の背景にあるFDAの思考プロセスを理解しました。リモートテスティングの方法は、大きく分けて「現実世界の描写」と「データの完全性と正確性」の2つがありますが、それこそが懸念の原因となっています。ある担当者は、治験参加者(例:技術に詳しい人)と意図的に選ばれたユーザー(例:技術に詳しくない人)、試験環境と想定している使用環境、試験デバイスのユーザーインターフェース(例:リモートテスティング向けに変更されたもの)と最終デバイスのユーザーインターフェース、試験シナリオと実際の使用シナリオなど、リモートテスティングの現実世界を再現する能力に対し疑問を呈しています。 

彼は「リモートテスティングは現実を再現できていない可能性があり、検証試験に利用するのは難しいかもしれない」と指摘しています。同様に、必要なHFデータ(パフォーマンスデータ、知識タスクデータ、誤用の原因や使いにくさ、主観的データ)をリモートのカメラを通じて、正確かつ完全に引き出し把握することは困難であり、データの品質を損なう可能性があります。  

おわりに  

現在の技術や設備には限界があるため、多くの医療製品の検証試験にリモートテスティングは適していないかもしれません。しかし、予備的な治験をリモートで行い、多くの学びを医療製品の設計改善に活かすことはできますが、その妥当性については、シンポジウムでは明確に議論されませんでした。予備治験は推奨されてはいても、義務化されていないという点がひとつの理由かと考えています。FDAのレビューは、主に検証研究の結果に焦点を当てているのです。  

それでも、パンデミック下でユーザースタディを行わないよりはリモートで行った方が、医療製品設計をする上で有意義であると考えるのが妥当です。データはそれほど豊富ではないかもしれませんが、それでも有用ではあります。しかし、この種のテストの欠点に起因した、誤解を招くデータを排除することが重要となります。 

上述したように、一般的には検証試験に対する承認機関の要求基準は従来と変わりません。また、ユーザーインターフェースとの物理的な操作を必要とする医療製品では、リモートテスティングは受け入れられない可能性があります。しかし、承認機関は状況を注意深くモニターしており、パンデミックが続けば、リモートテスティングあるいは対面での会議を必要としない他の形態の試験が、何らかの形で許容されるようになる可能性は否定できません。 

一方FDAは、医薬品メーカー(治験の主体)に対し、できるだけ早くリモートテスティングの実施、HFEプロセス、HFデータ要件、そして特に製品の検証試験に関するガイダンスを得るためにプロジェクトマネージャーと連絡を取ることを強く推奨しています。治験主体が薬事申請のためのデータ収集の一環として遠隔治験を計画している場合、治験に着手する前に、製品のサンプルとともに治験デザインと手順についてFDAと話し合うことをお勧めします。

より広範なHFEプロセスとデバイス開発の中で、リモートテスティングがどうフィットするかについては、こちらの記事をご参照ください。 

Author
スレッシュ グプタ、Ph. D (CANTAB)
人間工学・ユーザビリティ工学事業本部 責任者

ドラッグデリバリー、診断、外科、急性疾患用医療機器などの医療機器や複合製品の設計と開発において、人間工学に関する豊富な経験を有する。医療機器の分野での長年の経験から、米国、欧州、その他の地域での規制当局への申請をサポートする豊富な経験を有する。ケンブリッジ大学、人間工学を専門とする工学設計の博士号を取得。