イベントやテーマパークを運営する業界は、新型コロナウイルスによってとりわけ大きな打撃を受けています。ウォルト・ディズニー・カンパニーだけでも、第2四半期の営業利益は10億ドルの損失を被っています。世界中の企業はイベントやテーマパークの来場者に安心して戻って来てもらえるよう懸命に努力している一方で、リモートによる集客も模索しています。ルーヴル美術館のオンラインツアー戦略と同様に、家に居ながらにして楽しめるというユニバーサルスタジオのコンセプトは、その良い事例です。また、今年開催される展示会などのイベントの多くは、オンライン開催が主流となっています。
参考記事:
カンファレンスセンターや大規模会場で開催されるB to Bイベントにおいての優先事項は、来場者を安全に迎え入れることであり、そして更に重要なことは、来場者に「安全だ」と体感してもらうことです。B to C イベントでは、来場者が満足できかつ期待している体験を提供することに加え、安全に配慮しつつも楽しくなければならないという更なる課題も課せられます。来場者が「あそこへ行けば楽しめる」と思わなければ、彼らはわざわざ出掛けようとはしないのです。この様な状況に対応する為には、個人データのプライバシーとセキュリティの担保が必要です。
これら様々な課題に対応する為に、テクノロジーをどのように活用できるでしょうか?イベントの早期開催を実現する為には、汎用的なテクノロジーの活用が不可欠です。一方で、大規模イベントの在り方が恒久的に変わろうとしている中、中長期的な対応も迫られています。
衛生面の強化とその持続性
消費者が今最も切望するのは、衛生面の強化です。共有スペースやオフィスなどでは、十分な量の手指消毒液が設置されたり、清掃の頻度が上がるなど、様々な対策が講じられています。しかし、イベント、大規模会議、美術館、テーマパークでは、ヘッドフォンやカートなどの共有物を用いることが多く、これらを使用するたびに消毒するには、莫大な手間とコストがかかるのが現状です。
手作業によるふき掃除は自動化するのが難しいとされていますが、他の解決策が考えられます。微生物を除菌できる短波長紫外線C(UV-C)ライトは、これに取って代わりすぐに活用可能なテクノロジーです。わずか10分たらずで病室を消毒するUVDロボットにも見られるように、まさに今が自動化を促進させる好機と言えるでしょう。
一方で、複雑な形状の機器や設備に共通する課題として、UV-Cライトは屈折しない為、除菌を必要とする全ての表面への照射が難しいことが挙げられます。しかしケンブリッジコンサルタンツが培った高度なセンシングと自動化技術を組み合わせて得た知見では、これは解決可能な課題であると確信しています。とはいえ、UV-Cライトが照射困難な形状の対象物には、ライトの照射経路を定義し、除菌が必要な全ての表面が綺麗になったことを確認すべく、センシング技術とマッピング技術が不可欠となるでしょう。
衛生面の改善は、大規模イベントにおける近々の課題である「ゴミの削減と持続可能な社会の実現」と相反するかもしれません。使い捨て個人防護具の増加は言うまでもありませんが、イベントでの食品の包装量が増加することも予想されます。企業は持続可能な目標達成のため、環境に優しい代替ソリューションの模索を求められることになるでしょう。調査会社FMCG Gurusが実施した調査によると、世界の消費者の40%は新型コロナウイルスの影響で食品の包装をよりポジティブに捉えているものの、55%は環境に対してパンデミック前よりも「より懸念している」と答えています。
ゴミの管理が適切に行われるクローズドイベントでは、生分解性プラスチックへの切り替えが解決策になる可能性があります。ポリ乳酸や澱粉ベース「プラスチック」など、堆肥化可能な素材を使用することができる一方で、個人防護具への応用には更なる開発努力が必要です。ポリヒドロキシアルカン酸は、長期的には食品用パッケージや個人防護具に使用できる素晴らしい生分解性材料であるものの、差し当たっての大量生産が見込めません。
ゴミの管理が難しいとされるオープンイベントでは、来場者の行動を管理・調整する必要があります。恐らく、衛生面の観点から見た適切なゴミ処理の重要性(多くの廃棄物処理機器は「医療廃棄物」処理に対応していない)は、環境にプラスの影響を与える廃棄物処理の風潮に同調するという副次的な利点になりえます。
接触の機会を減らす為に
新型コロナウイルスの感染拡大以前は、テーマパークから空港にいたるまで、消費者の嗜好を理解してより楽しい没入型体験を提供するため、消費者を引き付けるテクノロジーの利用例が増えていました。インタラクションシステムは多くの場合「接触する」ことが原則です。空港のセキュリティに関するアンケートから、館内案内図のナビゲート、食事の注文や好みの提案にいたるまで、その用途は多岐に渡ります。
接触することなく消費者のニーズを把握するため、顔認証を用いて消費者の感情を読み取ることができます。空港の場合、顔認証から乗客の心理状況を理解することで、空港内の店舗や空港の経営者がより良いサービスを提供することが可能になります。この「感情AI」機能は、Affectiva社などの企業によって開発されており、将来多くの製品やサービスのパーソナル化を強化することが期待されています。しかし、これら様々なソリューションを提供するには、個人情報の保護など考慮すべき事柄に同時に対応する必要があります。
顧客接点(タッチポイント )から「接触」を排除することは、消費者がインタラクティブで没入型の体験を求めるイベントにおいてのカギになります。おそらく、イベントは「低接触型」にシフトが可能なのではないでしょうか。
ゼロ UIは、パンデミック以前から注目されていたホットな分野でしたが、人との接触やディスプレイをタッチしたりボタンを押すといった「触れる」という行為を最小限に抑える必要がある昨今、新たな商機のきっかけとなっています。音声とジェスチャーの相互作用に加え、状況や人から得られる情報を抽出することは、ワクワクするような印象を与えると共に、より安全でもあります。タッチスクリーンの館内地図をタップしたり、「3階に行くにはどうしたらいいですか?」と音声アシスタントに尋ねる代わりに、地図を指差して「ここに行くにはどうすればいいですか?」と聞くことができるのです。マシンビジョンとドップラーレーダーベースのジェスチャー認識機能を音声認識機能と組み合わせて使用し、ユーザーからの質問に瞬時に対応することが可能となるのです。
ケンブリッジコンサルタンツでは、最近、ホームアシスタントシステムに依頼事項の文脈を伝える方法として、ジェスチャー認識を検討しました。同様の方法がイベントでも応用できるはずです。エッジAIはジェスチャー認識を用いて得られたデータを処理する便利なツールになりえます。個々の音声および視覚データをデバイス内で処理できる為、データのプライバシーが強化されると共にデータの処理時間も短縮されます。人が密集した空間に自動化マシンが共存する環境において、ヒューマンマシンインタラクション全般の品質は、パンデミック後にはより重要視されるようになるでしょう。工員が多い工場内で共に作業するロボットが、このテクノロジーの顕著な事例と言えます。
人の密集をコントロール
ソーシャルディスタンスはウイルスの感染拡大を抑止する効果的な対策であり、世界中で実施されたロックダウンは、感染者数増加の歯止めとなり、ウイルスの拡散抑制に貢献しました。現在対策は緩和され、企業や公共スペースでの経済活動が再開しています。消費者や一般市民の安全を担保するために、適切な対策を講じることが何よりも重要です。空港やショッピングセンター、美術館や大規模会議にいたるまで、ビジネスリーダーはソーシャルディスタンスを順守し、感染リスクを最小限に抑えるための必要な予防策を取らなければなりません。
画像認識は、有害なコンテンツをオンラインで識別しフィルタリングしたり、自動運転車が複雑かつ流動的な環境をナビゲートできるようにするなど、様々な分野にビジネスインパクトをもたらしています。Landing AI社のソーシャルディスタンス検知ツールで実証されているように、これらの手法はカメラからのリアルタイムでビデオストリームを分析することで、ソーシャルディスタンスの監視に役立てることができます。さらに、Nvidia社のDeepStreamは、複数のエッジデバイスでインテリジェントビデオ分析を可能とする、スケーラブルなフレームワークを提供しています。それにより、エッジデバイスからの多様なセンサーデータからリアルタイムに解析することが可能になります。
これらのテクノロジーは、集まった人々の密集度と近接性を監視するだけでなく、リアルタイムに情報をマッッピングし、消費者がスマホやウェアラブルなどで、どの場所が混雑していて、どの場所が空いているかという情報を、視覚的に表示することを可能とします。密集を回避できる経路探索や予測アルゴリズムと組み合わせると、ソーシャルディスタンスを維持しながら、混雑している場所を行き来できるのです。
イベントで行列に並ぶことは常にストレスでしたが、ソーシャルディスタンスの複雑さが加わることで、以前にも増して悩ましい問題となっています。弊社は Accesso社のPrismなど、これまでにも関連するソリューションの開発支援を行ってきました。Prismはテーマパークでのバーチャル行列を可能にする、誰にでも使いやすい防水のウェアラブルデバイスです。その他にも、客が自身の席から飲み物を注文するインタラクティブなバー体験を可能にするSaloonがあります。バーでの混雑と待ち時間を減らし、楽しく注文することができます。マシンビジョンと近距離無線通信を使用して、ユーザーのスマートフォンの位置を確認し、そこから発せられる「気泡」の画像を投影して、バーにあるモノと相互作用する仕組みです。
イベント主催者のもう1つの大きな懸念は、来場者トラッキングです。感染症状のある人が今後1週間以内にイベントに来場した場合、その後はどう対応すれば良いのでしょうか?現在の位置検知ソリューション(特に屋内イベントの場合)には、1メートル以内の接触を識別する精度が備わっていません。
複数デバイスの併用は製造業で行われており、Ubisense社が製造した超広帯域無線センサーは、到来時間距離(二地点間の移動で到着までにかかる時間)と到来角(狭帯域信号の到来方向)の両方を測定し、製品や人をセンチメートルレベルの精度でトラッキングすることができます。感染者の明確な行動履歴を提供し、不幸にもウイルス感染が発生した際に迅速にアラートを発出することを可能にするこの種のテクノロジーは、将来的に大規模な会議等に適用することが可能になるでしょう。
将来を見据えて
高度なセンシング技術やAIを基盤としたこれらのソリューションは、企業や公共スペースの安全な再開を後押しするだけでなく、モバイルサービスと組み合わせることでパーソナル化した体験を提供し、ユーザー分析を強化することができます。
もちろん、プライバシーとセキュリティは非常に重要で、機微なデータを取り扱う場合にはとりわけ細心の配慮を払う必要があります。エッジコンピューティングは将来のインテリジェントシステムには必要不可欠であり、プライバシーを保護しながらも、あらゆる業種のビジネスにおいてAIの可能性を最大化することが期待されています。
課題が尽きることはありません。バーやパブ、スポーツイベントはどの様な雰囲気になるのでしょうか?イベントの仕組みやプロセスが進歩する中、テクノロジーはどのようにして出席者の行動を調整し、人々の安全を守ることができるでしょうか?
先のことは誰にも分かりませんが、テクノロジーのスマートインテグレーションが、大規模イベントの未来をより安全で楽しいものにする中核となると私は確信しています。本分野に関し、是非皆様のご意見をお聞かせください。ご連絡をお待ちしております。