ケンブリッジコンサルタンツが開発した不妊治療注射薬用のスマート冷却ケース“アルマ(Alma)”が、名誉あるiFデザイン賞のうちの1つを受賞したことは、素晴らしいことでした。体外受精治療中に課題に直面している女性達のQoLを向上させるためのコンセプト開発チームにとって、この国際的な認知は素晴らしい後押しとなりました。QoLを改善する可能性があると認知されたことが、プロジェクトに携わったメンバーの多くにとって、満足感を深めることとなったのです。 

患者モニタリングシステムの未来 

女性主導による本チームへの大きな対価は、患者のニーズ(多くの患者の皆さんが、不安や恐れている事柄を私たちに共有してくれました)を満たすことがゴールであると、プロジェクトの終始において見据え続けたことです。女性の平等と前向きな変化のために行動することを理念とする国際女性デー(3月8日)が近づくにつれ、この気持ちは共感をもたらし続けています。 

アルマプロジェクトは、ケンブリッジコンサルタンツ独自での理論研究と、社内から複数メンバーが参加したワークショップから始まりました。まず体外受精治療の経験豊富な医師と仮説検証を行い、その後不妊治療の試練に直面する患者にヒアリングを行いました。このヒアリングで、女性達は体外受精プロセスが日常生活に大きな影響を与えており、精神的健康に悪影響を及ぼす原因となっていることを明らかにしてくれました。 

数日ごとに医療機関を受診することがその日一日の大半を占めてしまうことや、毎日同じ時間に注射による薬の服用をしなくてはいけないことに苦痛を感じていると、多くの方が訴えてくれました。繰り返される検査は待機時間を増やし、その分心配も高まります。私はプロジェクトマネージャーとして、一人の不妊治療患者の話に心を打たれました。彼女は不妊治療薬を自身で注射しなければならなかった期間は、夜や週末の外出を取りやめたそうです。このような悩みは、当然ながら、治療結果を心配することからのストレスによって悪化します。 

患者は自主性、柔軟性、コントロールを必要としている 

蓄積し始めた知見は、当初の仮説を洗練させていきました。チームメンバーの何人かは、臨床処置の中でも特に注射の肉体的な痛みが、患者にとって最も明白な「痛み」であろうと考えていました。しかし実際には患者の多くは、注射は処置プロセスの中で数少ないコントロールをしている感覚がある部分と表現しました。注射は患者自身が影響を及ぼすことができると感じる要素であり、患者が治療において自主性を実感することができます。また、その後の治療の特徴である「待機時間」からの解放でもあります。これら全てのことから、患者に自主性、柔軟性、コントロールを与えることの重要性を痛感し、ひいてはアルマのコンセプト創造の根幹となる重要なテーマとなったのです。

プロジェクトはまず、テクノロジーにとらわれない視点から取り掛かりました。プロジェクトが進行していく中、ある患者からの知見に触発され、臨床的な視点から作られるコンセプトではなく、患者中心のソリューションに舵を切ったのです。これが正解だったことは、体外受精治療計画に目を向けた時により明白となりました。不妊治療薬は、毎日決められた時間に注射する必要があるだけでなく、特定の温度条件下で保管する必要があるため、そのままでは持ち運ぶことが困難です。治療薬には多くの装備を必要とするものもあるなど、体外受精治療におけるプライバシー問題をさらにややこしくします。言うまでもなく、多くの女性は体外受精治療については、親しい人のみに打ち明けたいと考えています。 

体外受精を成功に導く最適化された効能  

アルマのコンセプトが、患者の自由を取り戻すための真に柔軟なソリューションであることについてお話したいと思います。スマート冷却ケースは注射器に充填済の薬液温度を調節し、治療成功の可能性を高めるために最適な効能を維持することを徹底します。目立たずパーソナルな見た目で、でしゃばりすぎない現代的なデザインは、今日私たちのほとんどが持ち歩いている様々なデバイスや私物とうまく調和しています。体外受精治療をガイドするコンパニオンアプリのおかげで、患者は協力的なエコシステムの恩恵を受けています。管理機能、リマインダーを通じた支援、行程の追跡、より広い患者コミュニティへの繋がりが提供されます。患者は注射のタイミングを気にしたり、注射の準備をする負担から解放されるのです。 

様々な知見が、ソリューションの細かい点にまで反映されています。アルマは、医薬品の推奨保管条件を調べ、ケースの保管温度を調整します。患者が自宅から離れている場合でも、治療が最適化されているという安心感を与えるのです。ケース内の大きな保管部分は注射器を冷たく保ち、次に使う注射器は小さな保管部分に準備されています。患者が選んだ時間に、自動的に正しい温度に調整されるのです。ケースには針カッターが組み込まれているため、患者は目立ちかさばる廃棄針容器を携帯する必要がありません。  

複数のスキルを持つメンバーで構成されたチームが、このような高く評価されたコンセプトの実現に挑戦したことを、私は本当に誇りに思います。ハードルの1つは、このような感情的なトピックを扱っているが故に、患者との全てのやり取りが繊細で適切であるべきという認識を徹底することでした。関係者へのヒアリングを通じた仮説検証のため、重要な会話ツールとして使用する体外受精ヒアリングフローを作成したのは、そのためです。患者との面接はプライバシーを重視し一人で行われるため、ヒアリングフローの内容と言葉遣いについて、体外受精を経験している同僚達と注意深く何度も検討しました。さらにヒアリング前には、臨床医にフローについて正確性と繊細さの確認をしてもらうなど、患者に提示したもの全ては、言葉遣いと適切さに関して徹底して吟味されていました。 

患者を理解することがデザインを決める  

もちろん、体外受精治療にテンプレートはありません。病院や家庭どちらにおいても、非常に多くのステップや検査が必要な複雑な道のりは、それぞれの患者によって多くの異なった結果につながります。様々なバリエーションで繰り返されるステップや検査のマトリックスへの対処は、患者を理解し、正しくデザインするために避けられないものでした。仮説を理解するためにワークショップを開催し、最新のコラボレーションツールである共感マップやペルソナを活用しました。患者視点でのブレインストーミングは、私たちが対応すべき真のニーズを視覚化する上で極めて重要だったのです。 

適切かつデリケートで、人々の役に立つソリューションを創造するという目的を達成したことは、チーム全体にとっての誇りです。この過酷な治療プロセスは精神的負担が大きく、不妊治療の専門家によると、利用されたと感じる女性もいるほどです。弊社のヒューマンファクターエンジニアは、患者の理解がコンセプト開発の全段階でインダストリアルデザイナーによる作業に確実に反映されるよう努めました。 

最後に付け加えるとすれば、開発チームは女性主導ではありましたが、決して女性だけではありませんでした。男女両方の視点を持つことは、患者のニーズを満たすことを視点の中心に置いた優れたソリューションを見つけるためのカギでした。男性チームメンバーも女性チームメンバーも、ある特定の患者グループに対して共感を高めることができ、困難な治療プロセスの人間的な側面と折り合いをつけることができたのです。

Author
デイジー プライアー
メディカルテクノロジー事業本部 デザイン工学グループ シニアエンジニア