5Gで必要となるネットワーク帯域幅を確保するには、今後、周囲で目にするアンテナの数が大幅に増えるだろう言われます。本当にそうなるのでしょうか? 私は、ケンブリッジ・コンサルタンツの研究チームの一員として、クライアントの CHASM™ Advanced Materialsと共同で、アンテナ用の透明素材に関し画期的な成果をあげることができました。 この成果は実に大きな意義があります。将来、産業用や家庭用のアプリケーションにどれだけ多くのアンテナを配置しても、私たちがアンテナを目にする機会はずっと少なくなるかもしれません。

今回、シースルーフェーズドアレイ5GアンテナのPoC(概念実証)試験が成功したことを大変うれしく思います。そして、使用材料及びその設計方法が業界全体で利用可能なロードマップを併せて公開いたしました。私たちの研究は、目立たない構造物の実用化に向け、大変重要な意味を持ち、無数の新しい応用への道を切り開くものです。現在、透過的なソリューションはほとんどなく、使われても非常に特殊で高価な特定用途に限定されています。私たちの方法は、シミュレーション、設計サイクル、テストを合理化し、迅速なプロトタイピング、そして大量生産を可能とします。

インテントベースネットワーキングによるパーベイシブインテリジェンス (英文)

後ほど、取組内容に関する複雑な技術的詳細について掘り下げますが、まずは市場のニーズ、ユースケース、外観や 環境の面から見た大きな利点に焦点を当ててお話したいと思います。それでは、全体像から見ていきましょう。私には、20世紀の都市インフラ開発は雑然とした醜い遺産を残したように感じます。つまり、テレビアンテナ、電線、電気配線、水道管などは景観を損ねるものになってしまいました。今回は、そうしたことが起こらないようにしなければなりません。

人々の心、考え方、そして一般的な視点も考慮しなければなりません。すでに多くの人が、常時接続のインフラに対してネガティブなイメージを持っています。より広範囲な5Gの普及を展開する上で、この方法は抵抗感を和らげ、今後の導入の障壁を低くします。5Gの普及には、広帯域の「見通しのある通信路」を確保するために、より多くのアンテナを利用場所近くに設置する必要があります。透明な構造物は、建物、窓、室内の天井、照明器具などに「目立たないように設置する」ことで、設計上の課題を克服するのに役立ちます。

ビームフォーミングフェーズドアレイアンテナ

ビームフォーミング機能を持つ透明なフェーズドアレイアンテナも、導入の成功に欠かせない要素です。この機能は、5Gの基本的な利点を多く引き出します。無線信号を特定の方向に集束させることで、信号対雑音比(SNR)が向上し、転送の高速化が実現出来、エラーが低減します。透過的な構造物でこれを実現出来る技術はこれまでありませんでした。

私たちは2019年に初めてCHASM社と共同で、同社のAgeNT™透明回路材料を用いた画期的な取り組みに着手しました。そして我々のの最終目標は、この材料を使用した革新的な技術を生み出し、予測ツールと最適化された製造プロセスを活用して、設計から製造までのサイクルタイムを大幅に短縮することでした。

この度、私たちはチューニング可能な二層パッチアンテナを設計し、PoCテストでの素晴らしい結果が得られたことに大変満足しています。3.5GHzのテストでは、標準的なアンテナデザインと同等の性能を達成することができました。通常、二層構造のパッチアンテナは効率が低下しますが、私たちはプリント基板と同様のゲインを得ることができました。

詳細は省きますが、このプロジェクトの主な課題は、特定の周波数における透明回路材料の導電性と無線周波数(RF)特性を最適化することでした。この材料は、カーボンナノチューブの層で覆われた金属メッシュで構成されており、導電性とRF特性をさらに向上させることができます。

私たちは、従来の金属材料の特性を実現するために、様々なシミュレーションに取り組みました。周波数帯域が高くなるにつれて、透明素材も調整しなければなりません。一般的には、周波数が上がれば上がるほど、求める性能を実現するのは難しくなります。このプロジェクトの次の段階では、ミリ波(mmWave)にまで目を向けた、さらなる材料形状を探求していきたいと考えています。

CHASM Transparent antennas for 5G networks

潜在的な市場への応用

ケンブリッジコンサルタンツのチームは、CHASM社に対して、当該技術の新たな実用化への第一歩を踏み出すお手伝いができたことを嬉しく思っています。今後の展開として、私自身は、透明フェーズドアレイアンテナが持つ、実現可能な多くの応用例を紹介するデモ開発に取り組みたいと思っています。ルータやWTH(Wireless to the Home)からバックホーラ、スマートシティのホットスポット、自律走行車等への応用などです。

少しご説明しましょう。5Gを利用して家庭にブロードバンドを届ける場合、接続性を最大化するために必要なアンテナの数はより多くなります。また、自律走行車の普及に伴い、地上ネットワークから低軌道(LEO)または静止軌道(GEO)の衛星へのシームレスなローミングを確実にするために、衛星通信が広く普及するようになれば、ハイゲインの操縦可能なビームアンテナが必要となります。

現在の解決策は、自動車の屋根に大きなピザボックス型のアンテナパネルを設置することですが、この方法はメーカーにあまり支持されていません。車やトラックは実質的に金属の箱であり、様々な周波数で多くの用途に対応するためのアンテナ性能には適していません。しかし、フロントガラス、ミラー、窓は透明アンテナを設置するのに理想的な場所となります。ビームフォーミングを利用 した、より高い帯域幅のソリューションを検討できる領域はまだまだ十分にあります。さらに、ブロードバンドLEOサービスによる接続性の向上は、より大きく、より高性能なアンテナアレイに活用できる可能性があります。

今回ご紹介したテーマに関してご関心がございましたら是非、ご連絡ください。私自身は、アンテナメーカーがシミュレーションや設計サイクル、テストを合理化する一方で、建物や私たちの生活を「刷新」する新世代のアンテナ技術に門戸を広げることができるこのアプローチに期待しています

Mezzarobba
Author
エミリアーノ メッツァロッバ
アンテナ・電磁波システム部門長 アソシエイトディレクター

エミリアーノ・メッツァロバは、ケンブリッジ・コンサルタンツのシステムRFグループにおけるアソシエイト・ディレクターで、アンテナおよび電磁気システムの責任者。2014年の入社以来、世界初のNB-IoTデュアルバンドモジュール、HAPシステム用マッシブMIMOアンテナおよびデジタルビームフォーミング、mmW自動車レーダー、デジタルプリディストーション、ウェアラブル用各種特許アンテナ設計、DASおよびマッシブMIMOシステムなど幅広いプロジェクトに従事。イタリアのトリエステ大学を卒業後、20年以上にわたってRFシステムおよび通信業界で活躍。