この数年間、生活の様々な場面で、驚異的なデジタルトランフォーメーションを目の当たりにしてきました。ビジネスにおいては、大手テクノロジー企業が世界で最も価値ある企業となり、伝統的な産業に取って代わっています。一方で医療機器業界では、革新的な変化ではなく統合が進んでおり、業界の中心を担う大手企業は10年前とほぼ変わっていません。革新的変化を拒み続けてきた医療機器業界でしたが、今破壊的な変化が迫っています。
新型コロナウイルス感染症の大流行は、世界中でイノベーションを余儀なくさせ、デジタルテクノロジーの導入を大幅に加速させています。医療業界全体に大きな影響が予想されていますが、救命救急分野向けの医療機器メーカーにどのような影響が出るのかを考察します。まずは最新の市場動向を確認するところから始めましょう。
成功要因と越えるべきハードル
デジタルトランスフォーメーションは、様々なテクノロジー分野におけるブレークスルーによって可能となりましたが、人工知能(AI)の進歩、特にデータ分析用の機械学習ツールの普及やアルゴリズム開発が大きく寄与しています。医療データの約80%を占める構造化されていないデータ(臨床医のメモ、未解析の信号や画像など)から知見を容易に得られるようになったことが鍵でした。
強力な分析アルゴリズムを動作させるために必要な処理能力は、費用を考慮すると、これまではクラウドのみが提供可能だったため、セキュリティ、可用性、遅延に課題がありました。しかし堅牢なエッジ処理技術の開発により、AI を機器に直接実装できるようになりました。
ヘルスケア業界はリスク回避が通例とされ、一般的に、他のクリティカルではない分野で技術の信頼性が確立されるまでは、採用を検討することはありませんでしたが、変化の兆候があります。AI技術を実装した医療機器が既に承認されており、ダイナミックに適応するアルゴリズムに対する規制の枠組みも整う予定です。
最近の救命救急に関するカンファレンスでは、治療改善に向けて臨床医が主導するデータ分析活動についてのプレゼンテーションが増えています。そして、「ホワイトボックス型」 AI (説明可能なAI)と検証戦略の開発が進んでおり、「ブラックボックス型」アルゴリズムの妥当性への懸念に対する重要な答えとなっています。
最後に、今回のパンデミックは、多くの分野において「可能かつ望ましいコト」の再考を促し、本来10年はかかるであろう漸進的変化を数か月で成し遂げたということを強調しておきたいと思います。
他分野からの学び
AI、IoT、クラウドコンピューティング、そしてエッジ処理の発展が注目を集めていますが、デジタルトランスフォーメーションは、技術だけを意味するのではなく、デジタル技術の活用により、ビジネスモデルと提供価値が大きく変革することを意味しています。何千ものスタートアップ企業によって改良・洗練されてきたアプローチを用いて、大手テクノロジー企業が業界全体に旋風を巻き起こすこととなったのです。
アプローチを詳しく見てみると、いくつかの重要なテーマが浮かび上がってきます。もちろん慎重な検討と調整が必要ではあるものの、救命救急を含む医療機器分野にも適用可能なテーマであると言えます。
プラットフォームとエコシステムの力
大きな成功を収めているデジタル企業の多くは、プラットフォーム、つまり複数の異なるユーザーグループ間の直接的な相互作用を促進することで価値を生み出すシステムに基づいています。プラットフォームは、広告付きのソーシャル メディア (Facebook)、買い物 (Amazon)、決済システム (PayPal))など、日々の生活に根付いています。
多くは、利用者が増えるほどユーザーグループにとってメリットが大きくなる好循環である、ネットワーク効果の恩恵を受けていますので、ひとつの企業が市場の分野を独占する可能性があります。プラットフォームは、ソフトウェア開発キットやAPIの、少なくとも一部をオープン化することによりコンテンツだけでなくアプリも第三者が提供できることにより、さらに効果を増します。
つまり、ネットワーク効果により、サービス全体の競争力を向上し、強力なエコシステムを実現できるのです。オープンで相互に連結されたプラットフォームは、企業同士を時に競合関係に、時に協力関係にするという環境をもたらすという特徴があるのです。
マルチパラメータモニターや臨床情報システムなど、救命救急医療のプラットフォームは多く使われています。高度なカスタマイズは可能ではあるもののオープン化されておらず、新たなデバイスとの接続は難しく、他のアプリの実装もできません。
プラットフォームのもうひとつの重要な役割は、仲介業者を排除することによりバリューチェーンに新風を吹き込むこと(中抜き)や、優れたサービスを提供することにより、サービス提供者とエンドユーザーとの仲介役を行うこと(介入)です。Uber EatsやDeliveroo が飲食店と注文客の仲介役を行っているのが良い例と言えるでしょう。
医療画像企業Arterys社は、医療業界における仲介の良い一例です。Arterys社はMRI画像処理に伴うインフラ整備費用の削減を目的としたクラウドプロバイダーとして始まりましたが、クラウドプラットフォームを開発者や臨床医にオープン化することで、従来の研究開発プログラムでは開発できなかった、ニッチな専門分野の何百もの画像処理アプリケーションの開発を実現しました。
アジャイル開発とイノベーション
デジタル技術は、アイデアの検証を安価で迅速かつ容易に行うことができます。さらに、検証から得た学びを早期にフィードバックすることができます。その結果、テクノロジー業界での意思決定は、直感や市場の洞察から、データに基づくようになりました。MVP (Minimum Viable Product)という、まず最小限の機能を持った製品を提供し、ユーザーの声を元に改善を繰り返す開発方法を採用することが増えてきています。特に、バリュープロポジションと製品機能の模索に時間がかかる、史上初の製品には非常に強力な開発手法です。
アジャイル開発は、既にリリース済で法規制がある製品にはあまり適していません。開発初期段階で、顧客と緊密に協業し、製品化に移行する前に研究環境で試作を繰り返すことが非常に有効です。医療機器メーカーが戦略的パートナーとして病院と連携することが増える中で、アジャイル開発も徐々に広まっています。ワークフロー管理システムなど医療機器に分類されないアプリケーションはアジャイル開発に向いていますが、今後ますます臨床にも取り入れられるであろうデジタル製品の開発において重要な役割を担う可能性があります。
データの活用とユーザーからの学び
昔はデータの取得、保存、管理にはコストが嵩むことが課題でしたが、大量のデータが存在する今日は、サイロ化されたデータを接続し、それを貴重な情報と知見に変えることが課題となりました。テクノロジー企業は関連する知見を得るため、特定のデータを収集したり、AI アルゴリズムのトレーニングに役立つユーザータスクを設定する無料アプリケーションを配布するなどしてユーザーの行動を詳細に分析し、サービスの改善や新たな価値の発見に活かしています。
同様のアプローチを医療機器業界に適用する機会は数多くあります。システムの稼働率と性能データをスマートなサービススケジューリングシステムに取り込むことで複雑なシステムの劣化を予測することは、多くの業界で活用されています。また、稼働パターンの分析は、サプライ チェーンをより適切に管理することで、最適な使い捨て製品の選択にも有効です。
医療機器メーカーは、市場投入した製品に対するフィードバックに注意深く耳を傾ける必要があります。製品から直接データを収集・分析することは、システム改善を促進する効果的な方法です。エラーのパターンは、顧客からの苦情よりもはるかに早く現れます。また、よく使われる機能の特定、表示方法の改善やトレーニングの必要性判断、ユーザーインタフェースやソフトウェアが重要な機能だと考えられているのかなど、デザインへのフィードバックもユーザビリティ改善に役立ちます。
更に、様々なユーザーや場所で製品がどの様に機能するかを詳しく理解することは、実際にユーザー調査を行うよりも、はるかに明確な全体像を描くことが可能となります。あらゆる状況下で、どのように製品が使用されるのかを理解することは、意思決定支援システムと自動操作を開発する上で重要な構成要素です。
ビジネスチャンスを求めて
救命救急の現場は非常に複雑で、多くのコネクテッドデバイスが多くのデータを収集していますが、スタッフが即座に理解できる量をはるかに超えています。モニタリング機器や治療方法が成熟するにつれて、データの収集ではなく、どう処理するかを考えることがますます重要になります。インテリジェントシステムにより、スタッフの状況把握を支援し、不必要な警告音など注意散漫の原因防止など、ワークフローを改善できる多くの可能性があります。
機器自体が有するデータの利用だけですぐに改善できる機器もありますが、複数のソースから収集したデータが必要な場合もあり、既存のデータアーキテクチャでは相互運用性が低く実現困難です。
実際には、デジタルトランスフォーメーションは救命救急分野ですでに起こっています。例えば、インテリジェント人工呼吸器は数年前から活用されています。プラットフォーム化の可能性を模索されるシステムもあり、医療モニタリング・ITシステム分野、通信関連分野の大手企業だけでなく、 Mona デジタルアシスタント技術を開発中の Clinomic社の様なスタートアップも取り組んでいます。
医療機器の相互運用性について受け入れることができる企業はどれくらいいるのか、注視していきたいと思います。ウェアラブルモニタリングの技術は進歩し、ヘルスケアから医療全般へと拡がってきています。将来は、救命救急に十分対応できる正確性と信頼性が間違いなく期待できます。
デジタルトランスフォーメーションの役割とは?
今こそデジタルの未来に向けての戦略を模索し、ICU エコシステムでのポジショニングを検討すべきではないでしょうか?最後に、今後のデジタルトランスフォーメーションにおいて検討すべき事項を示します:
- 活用が進むデジタルについての見解を持ち、またエコシステムにおいてどのようなポジションを目指していますか?
- 貴重なユーザーデータを得るために、デジタル技術をどう活用しますか?
- 収集したデータの価値を最大限に引き出すために、どのような取り組みが必要ですか?また、ユーザーと製品の間において第三者の介入をどのように回避しますか?
- ネットワーク効果とプラットフォーム効果を、次の製品にどのように活用しますか?
- 将来、ビジネスを脅かす可能性のある破壊的テクノロジーは何ですか?また、そのテクノロジーに対処する適切な時期はいつですか?
デジタルトランスフォーメーションには、多くの検討事項があります。ご意見・ご質問がございましたら、こちらまでお気軽にご連絡ください。