2022年はメドテックの革新についてはローラーコースターのような年でした。ベンチャーへの投資の劇的な停滞、多国籍企業を襲ったインフレや景気後退、そして地政学的な逆風、最新技術の出現、業界地図を変えるようないくつかのM&Aなどがありました。今年はどんなことが起こるでしょうか。2023年のメドテックの革新について、私の思いと予測を述べたいと思います。

主な内容:

  • 2023年は革新を起こす企業とそうでない会社を分ける転機の年になる。市場環境は弱含みであるが、変革を起こす革新技術への経営陣のコミットが、市場を形成できる企業と先行き不安から保守的に行動する企業とを分けてゆくことになる。

  • 最も厳しいヘルスケア分野の課題に取り組むべく、ポートフォリオを総合的なサービスに転換してゆくメドテック企業が、勝利に近づく。

  • デジタル戦略の構築が生き残りのためには必須であり、これからの闘いはより激しくなる。将来ビジョンを持ち、ニーズに裏付けられたシステムエンジニアリングのアプローチが、高付加価値のデジタルエコシステムの設計と確立に必須となる。

  • 2022年のベンチャー資金を清算することは、2023年のメドテックの革新資金を最も重要な領域(価値創造)に再集中させるために必要であった。

  • 2023年は、これまでにないイノベーション指向のパートナーシップが伸びてゆくトレンドの端緒となり、急速に発展している実用化技術の活用につながってゆく。

  • APAC経済の再生と中国市場の再開放が、メドテックの成長に向け長期の追い風になり、APACのメドテック革新のスピードと影響には大きな変化が起こる。

革新に向けた覚悟

メドテック関連の企業にとって、今年は間違いなく試練の年になるはずです。ここ何か月間の、経済の先行き予測、企業の決算報告、カンファレンスなどで明らかでしょう。メドテック業界の今後の見通しは控えめですが、2023年を乗り切るために経営者に覚悟が求められることには変わりありません。

明るい将来をつかむためには、企業としてどう行動すれば良いでしょうか。

私自身は、2023年は革新を起こす企業とそうでない会社を分ける転機の年になると考えています。真に革新的で業界をリードし、新しい市場を作るようなメドテック企業と、将来の不透明さを嫌って保守的な戦略を取る企業とを分ける決定的な要因は、経営陣の野心と変革をもたらす革新に対する覚悟です。

そうした覚悟は、まずヘルスケアにおける最大の課題に立ち向かうコミットメントから始まります。その覚悟を受けて企業は、変革をもたらす革新を生み出す投資を優先するようになります。また、製品、サービス、技術を高付加価値のエコシステムに統合する契機になります。そして、企業間の革新的なパートナーシップが加速し、先端技術をイノベーションのパイプラインに提供し、グローバルに成長してゆくのです。

重い病気との闘い

臨床診療では長い間治療に統合的なアプローチを採用してきました。この数十年間にわたり、統合がんセンターが病院の標準となってきました。心血管疾患センターでは、先進的なイメージング、電気生理学、末梢血管疾患、構造的心疾患の専門家を総合的な患者施設に統合しています。ところがメドテック企業が提供してきたものは、歴史的には単一の製品群、例えば一時的な介入に特化したインプラント、機器、プラットフォームに依存してきました。最近の5年間でこうした分野ではセンシング、解析技術、ネットワーク接続で高度化が進み、結果としてペタバイト級のデータが生成されています。

これがより大きな動きにつながります。メドテック企業としてはこうした重い病気に、全体としてどのように取り組めば良いのでしょうか。

2023年にはメドテック企業による統合的なアプローチが加速して、デジタルを活用したエコシステムが作り上げられ、これにより世界的に非常に困難なヘルスケア分野での課題に立ち向かうことができるようになるでしょう。ジョンソン・エンド・ジョンソンの肺がん対策、ボストン・サイエンティフィックのペインマネジメント、メドトロニックの脊椎脊髄疾患治療プラットフォームなどはどれも、統合的な医療サービスにシフトする多国籍企業による注目すべき取り組みで、こうした流れが今後数年間にわたり続くと予想しています。

高付加価値デジタルエコシステム

デジタル戦略を確立できるかどうかが、メドテック企業の生き残りを左右するでしょう。企業を未来のデジタルの世界に発展させるための「デジタルジャーニー」の取り組みに力を入れていない経営層は見当たらないほどです。これは成功の基盤となりますが、さらに厳しい取り組みが待ち受けています。勝利を收めるためには、付加価値の高いインパクトをもたらすデジタルエコシステムを作るため、次の4つの重要分野に注力することが必要です。

1. 提供価値の明確化

これは目新しい話ではありませんが、提供価値を明確に定義することは簡単な作業ではありません。将来のシナリオを構想し、利害関係者の要求を全体的に落とし込むには、数か月の努力が必要です。説得力のあるエコシステムのビジョンを描き、それを期待に沿う有用なものとし、現実的で実行可能にするには、多機能のリーダーシップチームが必要です。エビデンスに基づいた利害関係者からのフィードバックによって、その提供価値の検証を行えば、後段で間違いを修正するコストを避けられます。

2. 明確に定義されたエコシステムの設計

システムエンジニアリングの手法を活用することで、より明確な組織を実現できます。メドテック企業には、未来のエコシステムと、それを構成するプラットフォーム、製品、データ、洞察のフローの全体的な姿を描くことが求められます。経営層は、次のようなシンプルですが重要な質問に答えることを求められます。入力と出力は何か、そのエコシステムはコアとなる提供価値とどう結びつくか、利害関係者の要求にどう対応するか、社内チームと社外のパートナーがエコシステム上で協業できているか、このエコシステムであなたの事業がどう変革するか?メドテック業界の多くの分野では、こうした複雑なエコシステムの設計はまだ初期段階にあります。こうしたアプローチが花開いている分野の例としては、スマートインプラント、デジタル外科手術、救命救急ケアがあります。

3. 高度なシステムモデル

高付加価値のエコシステム構築は何年もかかるものであり、その過程で変異が発生します。エコシステムの変異を検討し、機能配分のトレードオフを図るような高度なシステムエンジニアリングモデルを構築することによって、メドテックの経営層は、エコシステムのどの要素を今優先して構築するか、優先度付けができるようになります。

4. 堅牢な実行ロードマップ

高付加価値のエコシステムには、適切なシステムアーキテクチャチームとガバナンスが必須です。さまざまなチームの代表者を集めて束ねれば簡単に解決するように思われますが、エコシステムの意味が薄まってしまう恐れがあります。組織的な専業のリーダーシップチームを作成することが、研究開発パイプラインの投資の優先順位や技術ロードマップを活性化するために必須です。進歩を加速するためにはどのような外部のパートナーを得るべきかを、経営層として判断する助けにもなります。

メドテックの革新への投資

2021年はメドテックのベンチャー投資が記録的なレベルでしたが、2022年の第2四半期にはインフレの兆候から急落することになりました。この傾向はメドテック業界全体に広がり、ベンチャー企業は新規投資を縮小し、ポートフォリオ中の既存の会社に重点を置いて、立ち上げ資金を必要とする革新的なスタートアップの評価を引き下げる結果となりました。興味深いことに、多国籍のベンチャーファンドは、バランスシートが健全なこともあり、従来の基準の3倍も案件フローが増えるという恩恵を得ています。

2022年のベンチャー資金を清算することは、2023年のメドテックの革新資金を最も重要な領域(価値創造)に再集中させるために必要であった。生半可な仕事や悪名高いSPAC(特別買収目的会社)の時代は、(ありがたいことに)終わったのです。評価の振り子が真ん中に戻るのには時間がかかるでしょうが、価値創出への注目が刷新されることで、2023年には18~24か月にわたるベンチャーファンドの再生サイクルが始まると予想しています。

既に革新(イノベーション)エコシステムがヘルスケア分野の価値創出に向かって進展しているという証拠もあります。例えば、老舗ベンチャー企業が、臨床と技術に関する十分な見識を備えたアジャイルで目的指向のファンドを生み出しています。MedTech Innovatorのような革新を加速する企業やLSIのような投資フォーラムの影響が増加しています。Mass General BrighamCleveland ClinicTexas Medical Centerのような先進的な研究医療機関では、医療サービスの標準を高める目的で先進的なセンターを設立し、業界にインパクトを及ぼしています。

最新技術への投資

業界の見通しは慎重ではありますが、メドテック企業には最新技術への投資と統合のシナリオが必要となります。人工知能はすでに主流になり、もしAIの能力を社内外で育てていないメドテック企業があれば、遅れを取るリスクが高まります。それでも、最新の視覚化技術や手術ロボットなどで試行されているような次世代のAI手法に一足先に飛びつくのは、まだ間に合います。

フォトニックセンサーや量子センサーはトランスレーショナル研究(橋渡し研究)で、ノイズの多い状況での極めて低いレベルの信号を検出し、まさに「見えないものを見る」ことを可能にする技術です。Brain-Computer Interface(BCI)では、Precision NeuroscienceBlackrock NeurotechAxoftといった先見の明のあるスタートアップにおける刺激的な進歩により、スマートインプラント、バイオニクス、神経機能代替などの新技術により、生活の質を回復することを約束しています。Human Machine Understanding(HMU)は、心理学、深層学習、マルチモーダルセンシング、デジタル設計などを取り入れた新しい学際的な分野で、人間の行動を理解する技術を作ろうとするものです。バイオ革新(イノベーション)という産業は、細胞、分子、DNAなどのエンジニアリングを新規なアプリケーションに利用しようとするものです。

ここでの課題は、メドテックの経営者たちはどうすればR&Dのポートフォリオをうまく操って適切な技術に適切な規模で投資をかけ、ヘルスケア分野でのインパクトと価値を得ることができるか、ということです。これには最新技術やその可能性と限界に関する深い理解と、短期、中期、長期のR&Dパイプラインに統合する筋道が必要となります。

最新技術分野で科学技術の進展を評価し、活用するには、これまで以上に創造的な革新にむけたパートナーシップが必要です。ケンブリッジコンサルタンツ社はMIT(マサチューセッツ工科大学)の「エンジン」との革新パートナーシップを立ち上げました。

APACにおけるメドテックの可能性

APAC経済の再生と中国市場の再開放は、メドテックの成長に向け長期的に追い風となるでしょう。高い技術力を持った活力のあるメドテック新興企業のAPAC全域での増加が急速になっています。中国では、セコイア・キャピタルのようなグローバルなベンチャー企業からの資本注入により、ヘルスケア分野全体で革新的な新興企業の活動が活性化しています。コロナ禍以降、APACの多国籍企業が地域的なヘルスケア事業を重視する方針転換を急激に進めたため、米国や欧州の企業は簡単に追いつけないかもしれません。

ケンブリッジコンサルタンツ社は、10年近くにわたってAPACの先進的企業に向けて革新を支援する取り組みを続けてきました。この間、シンガポール、韓国、インド、オーストラリア、ニュージーランド、そして日本だけでも50以上の会社と組んで、多くのメドテック分野の開発プロジェクトを成功へと導いてきました。APAC地域におけるメドテックの革新には、その速度とインパクトにおいて大きな変化が起こっていると言って間違いはないでしょう。世界の先進的ヘルスケア産業にとって本当に魅力的な機会が広がっています。APACでの機会は間違いなく短期的な戦略の切り換えを必要とするでしょうが、成長を見せているグローバル市場に適合してゆくメドテック企業には明るい将来がもたらされるはずです。

結論的には、私は2023年に変化をもたらすような革新が起きる可能性が高いと踏んでいます。メドテック業界全体の見通しは抑えめで市場環境は慎重ですが、先進的な企業が決意を持って将来の成功に向けて行動するには、これまでになく良い環境が整っています。皆さまとメドテックが革新する将来について意見を交換し、デジタルエコシステムの戦略について議論したいと思います。将来の可能性についての簡単な意見交換でもかまいませんので、お気軽にお問い合わせください。

Rahul Sathe
Author
Rahul Sathe
メディカルテクノロジー事業本部 医療機器イノベーショングループ リーダー

ケンブリッジコンサルタンツの医療デバイス事業をグローバルで牽引。スマートインプラント、手術用のロボットと視覚システム、先進救急医療機器、デジタル手術プラットフォーム、デジタル健康エコシステムなどの開発を通じて、医療ケアの将来へ変革するクライアントの取り組みを支援してきた。