サステナビリティ(持続可能性)は全ての業界で取り組まれるべきテーマであり、医療分野も決して例外ではありません。吸入器の環境負荷低減に注目が集まってきていますが、英国の国民健康サービス(National Health Service / NHS)の カーボンフットプリント算定 では、総排出量の約3.5%を定量噴霧式吸入器(MDI)が占めており、 カーボンホットスポット として認識されているからです。世界中の何百万人もの人々にとって吸入器は必要不可欠なものであるだけに、問題解決はとても難題と言えるでしょう。
世界をリードする多くの臨床医が、治療の効果以外の要素に基づいて治療法を選択することに懸念を示しています。しかし、治療上のメリットだけを理由にサステナビリティを犠牲にすることがあってはなりません。吸入器を含む医療機器の設計時にサステナビリティを考慮することは、今まで以上に重要になってきています。NHSは『国民健康サービス長期計画』の健康と環境の項目にコミットメントを明記しているほど敏感になっています。これまでの吸入器を低炭素吸入器に代替できれば、健康と社会的介護分野における二酸化炭素排出量が 4%減少する と言われています。
吸入器の環境負荷について議論する場合、主に定量噴霧式吸入器を意味しますが、それは高い地球温暖化係数(global warming potential / GWP)を持つハイドロフルオロカーボン(HFC)推進剤ガスを使用しているからです。幸いなことに、定量噴霧式吸入器に含まれるハイドロフルオロカーボン問題の対策は既に講じられています。例えば、アストラゼネカ社は 地球温暖化係数がほぼゼロである 次世代の加圧式定量噴霧吸入器(pressurised metered dose inhaler / pMDI)を2025年に発売すると発表しました。Chiesi社も、5年間で加圧式定量噴霧吸入器の二酸化炭素排出量を90%削減する 計画を立てています。ドライパウダー吸入器(Dry Powder Inhalers / DPIs)には通常約20個のプラスチック部品が使われていますが、近々同様の批判を受けるようになると考えられています。
サステナビリティは開発サイクルに関わる全ての人、つまり製薬会社から、エネルギー供給者、医療機器メーカーまで、サプライチェーンに関わる全ての企業の義務であると考えます。ケンブリッジコンサルタンツでは、既にサステナビリティに考慮した設計を心がけています。しかし明確なロードマップに基づく、より統合的なアプローチによる根本的な改革が大きな進歩のためには不可欠です。これは、全種類の吸入器に適用できますし、適用されるべきなのです。
サステナビリティの評価基準
サステナビリティの評価には、地球温暖化係数、CO2排出量、CO2換算生産量など様々な方法が存在し、状況を複雑にしています。弊社では、設計コンセプトの違いによる影響を比較するためにライフサイクル分析(life cycle analysis / LCA)を使用しています。ライフサイクル分析は、設計の影響を最小限に抑えたい場合や、様々な設計の利点を比較する場合に有用なアプローチです。また、業界でも幅広く採用されている手法であり、カーボントラスト社が グラクソ・スミスクライン社の吸入器 を比較した際にも採用されました。加えて、この手法は開発者同士がサステナビリティの測定を連携して実施する場合に非常に有用です。標準化されたツールやマトリックスを使うことは、製品開発におけるサステナビリティに焦点を当てる際、良いスタート地点となるでしょう。
製品設計において、デバイスのサステナビリティを最大化するために検討できる方法は多数存在します。例えば、スマートな設計により、プラスチック部品を分析し重量を減らしたり、点数を減らすことができます。プラスチック量が削減されることで、ひいては加工や製造にかかる環境コストも低減されます。目標は、可能な限りのプラスチック部品の数および重量の削減ですが、Hovoine Technology社の単一成形による吸入器である Papillon inhaler のような、よりサステナブルな製品の開発につながることもあります。
もうひとつの選択肢として、既存デバイスの寿命を延ばすという方法もあり、うまくいけば製造する数自体を減らすことができます。長期間の使用に耐えうる部品で構成され、薬品の再充填が可能なデバイスにより、一投与あたりの二酸化炭素排出量を削減することができます。一例として、 Respimatデバイスに再充填できるオプションを設けたことで 、英国において廃棄される吸入器が毎年120万個減少し、製品の二酸化炭素排出量が71%削減されました。
デバイスに含まれるプラスチックの量を減らすことに加えて、デバイスそのものの寿命を延ばすことは、デバイス全体の二酸化炭素排出量に大きな影響を与えます。医療機器分野において二酸化炭素排出量の削減目標が標準化されれば、持続可能な製品開発を促進することが可能となります。
プラスチックのリサイクル
現在、デバイスには多種多様なプラスチックが使用されています。使用されているプラスチックの種類を変えることはできますが、その場合、代替プラスチックが医療機器の承認基準を満たしているかどうかが大きな問題となります。リサイクルされたプラスチックや非承認バイオプラスチックの使用は、現在認められていません。つまり、機械的特性とサステナビリティとの間で妥協点を見出さなければならないのですが、新たな素材が適した箇所があるかもしれません。
新たな素材の探求は、Ypsomed 社が開発したゼロカーボン自動注射器のように、吸入器以外の医療機器分野でも現れ始めています。食品接触部の安全基準を満たしていても、医療機器向けに承認されているバイオプラスチックは殆どありません。しかしながら、LATIGEA や Biotec Bioplast などのような将来有望な素材も多数登場しています。これらの素材やリサイクルされたプラスチックが医療機器向けに承認されれば、より持続可能な吸入器を開発する大きな一歩となるでしょう。
パッケージはデバイスと医薬品のどちらの面でも焦点を当てるべきもうひとつの分野領域ですが、どう改善できるでしょうか?多くのドライパウダー吸入器の医薬品は、アルミニウムのブリスターで包装されています。アルミニウムの成形はエネルギー消費が大きい為、リサイクルされた素材への移行は大きな効果がありますが、デバイス自体のパッケージと同様に、サステナブルなプラスチックが選択可能な領域となり得ます。
設計と同様に重要なのは、デバイスが使えなくなった後の処理です。効率的に再利用する手段は、吸入器のサステナビリティにおいて非常に重要と言えます。これは Teracycleプログラム と連携しているTeva社や、(最近中止されましたが)グラクソ・スミスクライン社 Complete the Cycle計画などで試みられてきましたが、まだ活発に取り組まれていないのが現状です。9年間の計画で、200万個以上の吸入器が再利用されましたが、これは8,500台のファミリーカーが1年間に排出する二酸化炭素量に相当します。グラクソ・スミスクライン社は、1社単独の計画では難しいと述べており、やはり各社単独の取り組みではなく業界全体でのアプローチが必要なのです。大規模に共通化する計画を打ち出すことにより利用者が増え、サステナビリティのインパクトをより大きくできるかもしれません。
多種多様な吸入器がある中で、どのデバイスを選択するかは常に重要となります。もちろん効果が優先事項ではありますが、二酸化炭素排出量も考慮したバランスのとれた意思決定をすることは可能です。選択肢を広げようとする努力が正しい方向へ向かっている明るい兆しもあります。例えば、英国国立医療技術評価機構(National Institute for Health and Care Excellence / NICE)は 患者の意思決定ガイド で環境に優しい喘息用吸入器の使用を奨励しています。現在英国で処方される吸入器の70%は、高い地球温暖化係数をもつ加圧式定量噴霧吸入器です。一方スウェーデンでは わずか10% に過ぎません。英国は他国と同じ方向に向かうことができるのでしょうか?
ケンブリッジコンサルタンツが得意とするコネクテッド吸入器の開発では、一般的にサステナビリティよりも効果や使い易さに重きが置かれているのが現状です。このようなコネクテッドデバイスは、患者のアドヒアランス(患者が積極的に治療方針の決定に参加し、その決定に従って治療を受けること)やテクニックの向上に役立ちますが、サステナビリティが犠牲にされることがあります。例えば、このようなデバイスに使われる電池は、デバイスそのものの設計要素より、環境に大きな影響を与えることが少なくありません。着脱式で充電可能な電子モジュールへの置き換えなどは有効な解決策と考えられ、その他にも改善の余地が十分にあると期待されています。
ドラッグデリバリー市場、とりわけ吸入器の分野において、サステナブルな改善が数多く潜在していることを説明してきました。デバイス開発者には、有意義な影響を与える多くの選択肢があるのです。デバイス開発者が最重要の製品要件を優先させつつ、実現可能なサステナビリティの目標設定をするには、業界全体で統一されたロードマップが間違いなく不可欠です。本件に関しご意見やご質問などがございましたら、 こちら までご連絡ください。
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画像:Wikimediaより