英国政府は2020年代半ばまでに年間30万戸の住宅建設に取り組んでいますが、気候変動法※は2030年までに新しい建物による温室効果ガス排出量を半減しなければならないと定めています。新築住宅の熱性能がこれまで以上に重要になる中、現在の書面上でのアセスメント手順は効果的な解決策ではありません。測定基準と新築住宅での実際の性能との間に懸念されるギャップが生じており、多くの証拠も示されています。
気候変動を修正するもう一つの方法 ~ 競争優位性を得る
ケンブリッジコンサルタンツは、建設業界におけるCO2排出量削減のための新しい手法開発に注力しているRedbarn Groupと共同で、新築住宅における異常事態を解決すべくイノベーションプロジェクトに着手しました。この協業は、テクノロジーがいかにして斬新なソリューションを創造し、複雑さを低減し、意味のある環境変化の推進の要石となるかを示す、説得力のある事例となりました。本プロジェクトの成果として、ビル建設工事の際に使いやすく設計され、わずか数時間で熱試験の合否判断を可能にするツール“VeriTherm”が開発されました。
まず、現状にある厳しい限界から説明していきます。現在、新しい建物の熱伝達係数(絶縁性能の標準化された尺度)は、直接計測されるのではなく、政府が承認した方法論を使用し、書面上で計算されます。現実問題として、建設プロセス中の粗雑な設置や、断熱材の隙間に起こる「熱橋」、仕様を満たしていなかったり破損した建築材料など、理想と現実の違いから生じる落とし穴が多く見られます。
建設中のミスは、一見あまり深刻でないように見える場合でも、実際には大きな問題を引き起こす可能性があります。例えば、窓枠と中空壁が隙間なく重ね合わないと、それがほんの数ミリメートルの熱橋につながり、その箇所では熱損失が3倍にもなります。BBCレポートでも記載があるように、断熱材がしばしば悩みの種となり、新築住宅の建設品質が悪いという話をメディアも取り上げています。昨年8月、下院はこの問題について議論する報告資料を発表し、顧客満足度は改善しているものの、わずか86%に過ぎないと指摘しました。
もう1つ厄介な問題は、市場に出回っている仕様を満たさない代替品、さらには偽造品の量です。最近の報告では、北アイルランドの公営住宅の3分の2以上が仕様以下の中空壁断熱材しか使用していないことが明らかになりました。火災時の耐火性リスクの増加やその他の健康上の懸念とは別に、仕様以下の材料により熱性能が低くなり、計算不能な熱損失が増加しています。
2014年、Zero Carbon Hubは『設計時と実際のパフォーマンスのギャップを埋める』という報告書を発表し、多面的な問題とそれらの様々な原因について述べています。設計プロセス、職人のスキル不足、材料の品質管理、結果に対する検証フィードバックの欠如などが挙げられており「既存の検証テストを改良し、より有用で使いやすく一貫性を持たせるためには、新しい技術を開発する必要性は明らかである。建設時の性能を実証する最も費用対効果の高い方法については相反する見方が残っているが、適切なテスト、測定、評価手法の開発を急ぐ必要がある。」と結論付けました。
建設業界につきつけられた気候変動問題
建築業界は温室効果ガス削減に関してほとんど成果を上げていないと批判されており、今まで以上に喫緊の課題となっています。元大臣で上院議員であるジョン・ガマー氏は、2018年に行われた気候変動委員会の議会進捗報告書序文で「このままではいけない。過去5年間で、電力と廃棄物以外の排出量が高まっている。我々委員会は政府に強く提言し、今すぐ行動すべきである。気候変動は我々が選択肢を検討している間にも進んでおり、止まることはない。」と警告しています。
さらに「業界の誤解を招くような主張に、消費者が騙されてきた。」とし、建築業界に対し建築物からの排出を削減する基準を施行するよう求めました。このような批判は、既存住宅の断熱工事が大幅に減少したことや、新築住宅の熱性能が基準を下回ったことに起因しています。
2016年初頭、新築住宅76戸と住宅以外の建物50棟を対象にした調査が行われ、英国政府の研究資金助成機関“イノベートUK”が結果を報告しました。家庭からの平均総CO2排出量は、設計時の予測平均値の2.6倍でした。また個々の住宅間で大きなばらつきがあり、排出量が一番多い家庭では排出量が一番少ない家庭に比べ10倍のエネルギーを使用していました。そして住宅以外の建物の数値はさらに極端で、平均CO2排出量の3.8倍を放出している建物もありました。
気候変動委員会による2月のレポート『英国の住宅:これからの時代に適しているか? 』では、そのギャップに対応する措置を推奨しています。本レポートでは、モデル化されたデータではなく、実際の性能を反映させるために、モニタリングの指標と承認プロセスの改革を促しており、「正確な性能検査と報告書作成は広く行われるべきであり、建設事業者は公表されている標準仕様を遵守する必要がある。」と述べられています。
テクノロジーを活用し、進歩への道を見極める
Redbarn Groupとの共同プロジェクトを開始するに当たり、まず最初に建築業界にとって明らかに差し迫った課題について考察しました。政府、公的機関、民間機関からのメッセージでは、新築住宅の熱性能を決定する簡単な方法が存在しないことを重要視していました。弊社のプロジェクトでは頻繁に行っていることですが、新たな技術領域を開拓することで、前進への道を切り開くことができます。今回の場合、熱効率モデリングと熱伝達率(HTC)を直接測定するという両極端の間のどこかで開拓する必要がありました。
同時加熱検査(co-heating test)として知られる直接測定する手法は、内部と外部で所定の温度を維持するために必要なエネルギー流入量を測定します。建物が定常状態に達すると、継続的な熱入力は温度差と熱伝達率(HTC)から計算される熱量が対流していると考えられます。残念ながら、安定した状態に達し、十分なデータを収集するには約2週間かかります。さらに誰も居住していない状態で、誰にも邪魔されることがなく、調査のためだけに使用される建物でなければなりません。
既に述べたように、エネルギー効率に関する政府の現在の標準評価手順(SAP)は、モデリングによって理想化された建物においての熱伝達率(HTC)を導き出すものです。非実用的で時間のかかる現場調査を行わずして、材料や手順の瑕疵を見つけることはできません。
Redbarn社が両極端な2つのアプローチ以外のアプローチを新たに開発するには、弊社との協業が必要でした。それは、設計された通りの数値が満たされているかどうかを迅速に判断することができ、建設業者と住宅購入者のための実質的な検査手法です。結果として、クラウドベースのエネルギープラットフォームである“VeriTherm”が開発されました。新築住宅に対し数時間で合否の結果を提供できるため、長期間にわたる検査がの必要なくなります。効果的に配置されたセンサーからリアルタイムにデータ取得しながら、建物を一晩加熱そして冷却すると、設計数値との比較が可能となります。
建物が設計数値を満たしているかどうかをすばやく判断できるように設計されたアルゴリズムが、新たな手法の要でした。加熱して冷却できるように作成した「ホットボックス」構造に対してアルゴリズム性能を検証し、検証作業の最終段階では、実際の建物が使用されました。
特許申請された“VeriTherm”の手法は大きなブレークスルーであり、すべての新築住宅が法令に準拠していることが保証される未来を形作るのに役立つことでしょう。また、より有意義で検証可能な喫緊の課題であるCO2削減にも有効です。本件の詳細に関しご質問等がありましたら、お気軽にお問い合わせください。
なお、以下インフォグラフィックは、住宅からのCO2排出量が大きな問題である理由と、“VeriTherm”がどの様に効果的なのかを示しています。
アンドリュー リントット
シニアコンサルタント
産業機器・ソリューション分野でのサステナビリティを考慮した製品開発において豊富な経験を有する。