研究開発におけるエージェンティックAIの真の成果は、自動化ではなく加速にあります。企業がツールやデータ、専門知識を活用する方法を変えることで、エージェント型システムによればこれまでにない探索スピードを実現できます。これは、科学分野の研究開発向けエージェンティックプラットフォーム「 Microsoft Discovery 」に関するマイクロソフト社との協業の初期段階で私たちが得た重要な示唆です。
製薬、化学、先端材料をはじめとするさまざまな分野において、今後の競争力は、より良い問いを立て、より多くのアイデアを検証し、仮説から洞察へとどれだけ迅速に到達できるかによって左右されるようになりつつあります。
この考え方は、ケンブリッジコンサルタンツが大切にしてきた理念とも深く通ずるものです。当社の多分野にわたるチームは、基礎原理に基づく科学、高度なエンジニアリング、そして各領域の専門知識を組み合わせ、技術的な可能性の限界を押し広げています。私たちは既存のワークフローにAIを適用するだけでなく、クライアントとともに全く新しい能力の実現に取り組んでいます。それは、研究開発における発見のあり方そのものを変えるディープテックのブレークスルーです。
その詳細や、Microsoft Discoveryを活用したデモについては後ほどご紹介します。まずは、研究開発を取り巻く環境全体に目を向けてみましょう。科学的イノベーションは本質的に協働によって生まれるものですが、大規模組織の内部では依然として分断が課題となっています。専門家はそれぞれ並行して活動し、ツール同士は連携せず、データはサイロ化され、プロセスが研究開発のスピードを妨げています。
探索を制約する主な要因は、実現可能性やコストだけではありません。必要となる専門知識を適切なタイミングで見つけ、それらを連携させて活用するまでの過程で生じる「摩擦」も大きな課題です。エージェンティックAIには、人を置き換えるのではなく、人を取り巻く複雑なエコシステムをオーケストレーションすることで、そうした摩擦を解消する力があります。
AIが実現する、より速い探索
エージェンティックAIプラットフォームは、データやツール、ワークフローを直接オーケストレーションすることで、その解決策を提供します。エンジニアや研究者は、これまで複数の専門家を必要としていた複雑なプロセスを自ら推進できるようになります。その結果、探索に伴う負荷が軽減され、試行錯誤のサイクルが短縮されるとともに、これまで現実的ではなかった検討も可能になります。また、多くの場合コストのかかる実システムでの実験に着手する前に、多様な計算ツールを活用して知見を得ることも可能です。こうした取り組みによって、研究開発環境においてアイデアを検証できるスピードと規模が大幅に向上します。さらに、これらの機能を必要なタイミングで直接利用できるようになるので、エージェント型システムによって組織内の調整への依存が低減します。
さまざまな研究開発領域で活用可能
このアプローチは、複数のツールやデータセット、専門領域にまたがるワークフローを持つさまざまな研究開発分野で活用できます。例えば製薬研究では、エージェント型システムが文献調査、ターゲットの特定、分子モデリング、候補評価をオーケストレーションすることで、創薬を支援します。これにより研究者は、実験による検証に進む前に、治療仮説をより迅速に検討できるようになります。
化粧品および材料配合の研究では、新製品の開発にあたり、安定性、有効性、使用感といった複数の要素のバランスを取る必要があります。エージェンティックAIは、成分の組み合わせを探索し、性能を予測し、シミュレーションと実験データを反復的に活用しながら、有望な候補をより効率的に特定することで、処方開発を加速します。
同様に、材料研究の分野でも、エージェント型システムはより持続可能な化学物質の発見といった課題の解決を支援できます。マイクロソフト社による PFASフリー冷却剤探索のデモでは、シミュレーション、データ、反復的な評価を組み合わせたエージェント型ワークフローを活用し、広範な化学空間の探索が行われました。このシステムは、逐次的な実験に依存するのではなく、複数の基準に基づいて候補分子を提案・評価することができました。これにより、探索空間を手作業で広く探索する負担が軽減し、有望な代替候補をより迅速に特定できるようになります。
これらの領域に共通している課題は、複数のデータ、計算ツール、専門知識を一体的な探索プロセスへと統合できる能力です。これにより調整にかかるオーバーヘッドが減少し、イノベーションのスピードと可能性が広がります。
Microsoft Discoveryにおける当社の協業
電子工学、無線技術、信号処理、化学、AI、合成生物学など幅広い分野における専門性と、それを支える設備を備える当社は、Microsoft Discoveryに関する協業に取り組むうえで最適な立場にありました。私たちは、エージェント型システムを実際の研究開発の課題にどのように適用できるのかを探る機会に大きな期待を寄せました。
例えば、AIを活用したタンパク質工学におけるこれまでの取り組みでは、計算手法によって科学的発見のプロセスを大幅に加速できることが示されています。一方で、それを実現するには複数分野にまたがる専門知識が必要でした。私たちはこの取り組みを題材に、エージェンティックAIが調整に伴うオーバーヘッドを軽減し、こうした研究開発ワークフローを加速できることを示すデモンストレーションを構築しました。
Microsoft Discoveryを活用したライフサイエンス分野のデモ
まず私たちは、プラスチック分解酵素に着目し、これまでのタンパク質最適化の知見を土台としました。これにより、探索に活用できるだけでなく、システム性能を評価するためのベンチマークとしても利用できるデータセットを得ることができました。
固定的なワークフローをあらかじめ定めるのではなく、私たちは「モデル評価の後に最適化を行う」という全体的方針のみを設定し、最適な実行方法はMicrosoft Discoveryに委ねました。また、タンパク質基盤モデルなどの関連エージェントを利用できるよう設定し、一部のエージェントについてはMicrosoft Discovery自身に作成させるとともに、Azure上のコンピューティングリソースにアクセスできるよう設定しました。
この環境のもとで、Microsoft Discoveryはまず利用可能なツールやリソースの探索から開始しました。データセットを分析し、PubMedエージェントを通じて関連文献を調査し、タンパク質表現と基本的な生物物理学的特徴を用いてモデルの構築と評価を反復的に実施しました。その結果、有力なモデリング手法にたどり着きました。
ここで私たちは、その能力に強い印象を受けました。調査の計画を立て、タスクを分解し、利用可能なコンピューティングリソース上で必要な工程全体をオーケストレーションするとともに、数時間のうちにエラーに対処し、ベンチマークによる検証まで実施できたのです。こうした一連の作業は、通常であれば数週間を要します。
もう一つ印象的だったのは、最適化された酵素の3D可視化などのインタラクティブな要素を含め、得られた知見を分かりやすく伝えるレポートを自動生成する能力です。これらの成果は、エージェンティックAIが複雑で多段階にわたる研究開発のワークフローを、迅速かつ反復的な探索プロセスへと変革できる可能性を示しています。
研究開発における課題の変化
アイデアをより迅速に検証できるようになったことで、研究開発の制約要因も変化しています。もはや主な課題は複雑なワークフローをいかに実行するかではなく、それらをいかに効率的に利用できる状態にし、適切に管理するかにあります。
第一の制約は「イネーブルメント(活用基盤の整備)」です。プラットフォームがどれほど強力であっても、アイデアを有用な知見へと変えるには、ツールやデータへのアクセスが必要です。ケンブリッジコンサルタンツの場合でいえば、これまで実施してきたプラスチック分解酵素に関する実験データやタンパク質基盤モデルへのアクセス、さらに実験管理システムとの連携がこれにあたります。
そのためには、Microsoft Discoveryがデータセットにアクセスできることに加え、エージェントが利用できるツールやインターフェースを整備する必要があります。エージェント型システムが利用できる情報量が増えるにつれて、それらを適切に管理することが不可欠になります。Microsoft Discoveryでは、相互に関連する知識が数多く存在する領域を対象とした「Science Bookshelf」というソリューションが提供されています。これは、関連する概念同士の関係性を管理するうえで効果的なアプローチです。一方で、知識はツール呼び出しを通じて柔軟に取り込むことも可能です。例えば私たちはPubMedエージェントを用いて関連文献を検索しました。また、取得した知識は従来型またはハイブリッド型のRAG(検索拡張生成)システムに保存することもできます。
第二の制約は「信頼性の確保」です。探索がエージェント型システムに委任されて規模が拡大すると、その出力結果への信頼が重要になります。結果がどのように生成されたのかを理解し、既知のベンチマークに照らして検証し、再現性を確保することが不可欠です。これは特に、その結果に基づいて意思決定が行われ、その後に大きなコストが発生する場合に重要となります。こうした課題には、信頼できるベンチマークの構築や再利用、専門家による監督、そしてエージェントを活用してワークフローを繰り返し実行可能な単位として整理することで対応できます。これらの変化によって、研究開発における課題の性質そのものが変わりつつあります。すなわち、個々の分析を実行することから、必要な能力を大規模に利用でき、かつ信頼できるシステムを構築することへと重心が移っているのです。
プラットフォームから成果へ
結論として、エージェント型プラットフォームの可能性を引き出すには、プラットフォームそのものだけでは不十分であることが分かります。成功の鍵となるのは、ツールやデータに適切な形でアクセスできる環境を整えること、信頼性をもってオーケストレーションできるワークフローを設計すること、そして成果が実際の研究開発環境における信頼を確保することです。
研究開発におけるエージェンティックAIの真の価値を引き出すうえで、多くの組織はこうした領域での支援を必要とするでしょう。私たちは、各チームが既存の強みを把握して連携させ、エージェント活用に適した形へと整備するとともに、加速した探索を効果的かつ信頼性の高いものにするための仕組みづくりをお手伝いできると考えています。
こうした領域においては、ケンブリッジコンサルタンツと親会社であるキャップジェミニが持つ、ディープテックイノベーション、システムエンジニアリング、そしてエンタープライズ規模でのデリバリーに関する強みを組み合わせることで、組織が実験段階から実際の成果創出へと自信を持って進むための支援ができると考えています。本テーマにご関心があり、研究開発における課題について意見交換をご希望でしたら、ぜひ メールにてご連絡 ください。
映像提供:マイクロソフト





