人間中心設計(Human-Centered Design)が切り開く新しい子宮頸がん検診のかたち

作者 , ,  と  | 2026年9月29日

医療は、臨床的な性能だけでなく、技術が人々の日常生活にどれだけ自然に溶け込むかが成功を左右する新しい時代に入りつつあります。患者は、日常的に利用する製品やサービスと同じように、分かりやすく利用しやすい、そして自分たちのニーズに合わせて設計された医療体験を期待しています。

Formeは、この考え方を形にするために生まれた、 iFデザインアワード金賞受賞の子宮頸がん検診コンセプトです。受賞の対象は最終的なデザインですが、本当の価値は、そのデザインを生み出した開発プロセスにあります。そのプロセスでは、人間中心設計の考え方を活用し、長年ほとんど変わることのなかった検診体験そのものを見直しました。

これまでの検診器具(膣鏡)にとらわれない発想

子宮頸がん検診は、英国で 年間約4,500人 の命を守ると推定されており、最も効果的な予防医療の一つとされています。それにもかかわらず、検査に伴う不快感や恥ずかしさ、不安から、受診を先延ばしにしたり避けたりする女性は少なくありません。調査によると、 英国では最大で3人に1人の女性 が子宮頸がん検診を受けなかったり延期したりしており、これは患者と医療機関の双方にとって大きな課題となっています。

私たちは、この課題を、人を中心に据えたイノベーションによって、受診率や患者体験、さらには医療成果の向上につなげる機会と捉えました。

子宮頸がん検診では、長年にわたり腟鏡が標準的な器具として使用されてきました。高い有効性を持つ一方で、その設計は長年にわたり大きく変わっておらず、患者体験より作業効率の向上に改良の重点が置かれてきました。

私たちは、この課題に取り組むにあたり、「既存の器具をどう改良するか」ではなく、別の問いから出発しました。「もし最初から女性のニーズを中心に設計するとしたら、子宮頸がん検診はどのようなものになるだろうか?」

Inline 1 Forme design deep dive

この問いに答えるため、私たちは検査そのものだけでなく、多くの女性が感じている不安や無防備さ、尊厳が損なわれるような感覚といった心理的な側面にも目を向けました。

私たちは、この課題の本質と受診を妨げる要因を深く理解するため、女性や臨床医、医療従事者へのインタビューを実施し、それぞれの声を直接聞きました。

女性たちには、受診案内を受け取る段階から、実際に検診を受け、結果を受け取るまでの一連の体験について話を聞きました。また、婦人科医をはじめとする医療従事者からは、検診現場の実情について話を聞き、衛生管理や業務フローとの連携、検査効率など、患者ニーズと両立させるべき医療現場の要件を整理しました。

私たちは開発の各段階で利用者の声を取り入れ続け、技術面だけでなく、人がどのように感じ、使うかという視点も重視しました。さまざまなコンセプトを検討し、テストと改良を繰り返しながら、最終的にFormeという解決策へたどり着きました。

尊厳を中心に据えたデザイン

Inline 2 Forme design deep dive

私たちの調査で改めて明らかになったのは、「尊厳」が患者体験を左右する重要な要素だということでした。それは一見当たり前でありながら、見過ごされがちな要素でもあります。女性たちは、検診中に安心感を持てず、居心地の悪さや心細さを感じることがあると語りました。検査そのものを変えなくても、医療者と患者の接し方を見直すことで、より良い体験につながると考えました。

調査を進める中で分かってきたのは、体験の改善には見た目や形状を変えるだけでは不十分であり、患者、医療者、そして機器の関わり方そのものを見直す必要があるということでした。

この課題に対応するため、Formeは画像表示機能を備え、医療者が患者と対面した状態で検査を進められる設計としました。一見すると小さな工夫ですが、より自然なコミュニケーションを促し、検査中を通じて対話と患者の尊厳を守るうえで大きな役割を果たします。患者が状況を理解し、自分の意思が尊重されていると感じられれば、検診への心理的なハードルは大きく下がります。また医療者にとっても、検査に必要な視認性を確保しながら、より自然で負担の少ない形で検査を行えるようになります。

iFデザインアワードの審査員は、Formeを「長年待ち望まれていたイノベーションを、細やかな配慮と優れた発想によって実現したもの」と評価しています。

子宮頸がん検診は命を救う可能性のある重要な医療行為である一方、身体的にも心理的にも負担の大きい、侵襲的な体験となり得ます。本デバイスは、そうした繊細な医療体験に対し、共感と思いやりをもって向き合っています。人間工学に基づいたハンドルは医療従事者の操作性を高め、やわらかく親しみやすいフォルムは検査を受ける人の不安を和らげます。これは長年求められてきたイノベーションであり、細部にまで配慮と高い知性が行き届いた形で実現されています。

iFゴールド審査講評

インダストリアルデザインがもたらした価値

Formeのデザイン開発では、患者の気持ちへの配慮と技術的な実現性を融合し、安心して使える新しい検診体験を形にしました。

その結果生まれたのが、従来の腟鏡に代わる、やわらかな印象のハンディ型デバイスです。子宮頸部の観察と細胞採取を、できるだけ負担を抑えながら行えるよう設計されています。シンプルに見えるデザインの中には、細かな動きを実現する先進的な技術が搭載されています。Formeは、一人ひとり異なる身体的特徴に柔軟に対応しながら、検査や細胞採取に必要な視認性や安定性、機能性を確保できるよう設計されています。これは、内部構造に施された高度なエンジニアリングによって実現されています。

開発のあらゆる判断の根底にあったのは、シンプルな考え方です。女性が安心して検診を受けられるようにするためには、利用者のニーズを開発の最後ではなく、最初から一貫して反映しなければならないということです。

協働によるイノベーション

Formeの開発を支えたのは、分野の垣根を越えた協働でした。開発の初期段階から、インダストリアルデザイナー、人間工学(ヒューマンファクター)の専門家、エンジニア、メカトロニクスの専門家、ソフトウェア開発者が一体となって取り組みました。私たちは、技術要件と利用者ニーズ、そして医療現場の要件を切り離さず、一体的に検討しました。

こうした分野横断的なアプローチは、ケンブリッジコンサルタンツの開発プロセスの大きな特長です。私たちは、医療機器から一般消費者向け製品、新しい市場を切り開く製品まで、さまざまな開発に取り組んでいますが、その目的は常に共通しています。それは、最先端の技術力と人間への深い理解を組み合わせ、本当に必要とされるソリューションを生み出すことです。

異なる専門性が一つの目標に向かって連携することで、技術的に優れているだけでなく、本当に人々の役に立つ製品やサービスを実現できます。

Formeから見えてくる医療イノベーションの可能性

Formeの出発点となったのは、「既存の解決策を改良する」のではなく、「そもそもそれが最適な解決策なのかを問い直す」というシンプルな発想でした。

Formeはコンセプト段階の取り組みですが、その開発プロセスは今後の医療イノベーションにとって重要な示唆を与えてくれます。これから成功する技術とは、人々のニーズを理解し、医療を受ける際のハードルを下げ、日常生活に自然に溶け込むものだと考えられます。医療がよりつながりのある患者中心の体験へと進化していく中で、使いやすさや利用しやすさ、そして信頼性は、治療効果と同じくらい重要になっていくでしょう。

私たちが 『Shaping a New Era of Human-Centred Innovation』で示しているように、医療分野に限らずさまざまな領域で共通して見られるのは、人が技術に合わせるのではなく、技術が人に寄り添うときにこそ成功が生まれるということです。

Formeは、技術的な専門性と人への深い理解が共通の目的のもとに結び付いたとき、どのような可能性が生まれるのかを示す好例です。人を出発点に開発を進めることで、人々に信頼され、実際に使われるイノベーションが生まれます。そして、それがより良い体験とより良い成果につながっていきます。

こうした考え方は、医療分野以外にも大きな可能性をもたらします。既存の常識を見直し、新しい技術を活用して課題に向き合うことで、これまでにない製品やサービス、体験が生まれる可能性があります。

専門家

イサック・リー
シニア・インダストリアルデザイナー(ヘルスケア事業部) | プロフィールを見る

ヘルスケアおよび医療技術分野において、人間中心の製品開発を専門とするシニア・インダストリアルデザイナー。インダストリアルデザイン、UX/UIデザイン、ビジュアルコミュニケーションの幅広い経験を持ち、技術・臨床・ユーザーニーズといった複雑な要件を、直感的で使いやすい製品体験へと落とし込んでいる。

アメリア・ハットン
プロダクトデザイナー(エンジニアリング事業部) | プロフィールを見る

エンジニアリングチームと密接に連携しながら製品開発を行うプロダクトデザイナー。インダストリアルデザインとUX/UIデザインの経験を活かし、利用者ニーズの可視化から詳細設計まで、幅広いプロジェクトに携わっている。

ジーナ・カードウェル
プロジェクトマネージャー(ヘルスケア事業部) | プロフィールを見る

医療機器開発分野で10年以上の経験を持つプロジェクトマネージャー。女性の健康課題の改善に強い関心を持ち、社内のWomen’s Health Hubを率いるとともに、多様な医療機器プロジェクトで革新的なヘルスケアソリューションの開発を推進している。

ロシオ・マルティネス・ギジャン
プリンシパル・プロジェクトマネージャー(ヘルスケア事業部) | プロフィールを見る

医療技術開発において分野横断的なチームを率いてきた経験豊富なプリンシパル・プロジェクトマネージャー。アイデア創出やコンセプト策定から詳細設計まで幅広い開発を統括し、技術面・臨床面・事業面を結び付けながら複雑なプロジェクトを成功に導いている。

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